大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)1430号 判決

東京都千代田区紀尾井町四丁目一番

ホテルニューオータニ 本館二階

上告人

能城律子

右訴訟代理人弁護士

荒木秀一

舟本信光

右輔佐人弁理士

鈴江武彦

小出俊實

白根俊郎

グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国

ロンドン ウォータールー プレイス 一七

被上告人

ザ リッツ ホテル リミテッド

右代表者

フランク ジェイ クレイン

右訴訟代理人弁護士

松尾和子

折田忠仁

窪田英一郎

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(ネ)第一六九三号商標使用差止等請求事件について、同裁判所が平成五年三月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒木秀一、同舟本信光、上告輔佐人鈴江武彦、同小出俊實、同白根俊郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解せずに若しくは独自の見解に立ってこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 大白勝)

(平成五年(オ)第一四三〇号 上告人 能城律子)

上告代理人荒木秀一、同舟本信光、上告輔佐人鈴江武彦、同小出俊実、同白根俊郎の上告理由

第一点 (法令の違背)

原判決は、次のように、不正競争防止法の理解把握を誤り、その法理をないがしろにし、重大な法令の違背を犯している。

一 (営業主体混同行為の成立に必要な我が国における営業上の施設、活動について)

まず、原判決は、被上告人が主張するいわゆる営業主体混同行為の成否を判断するに際し、不正競争防止法一条一項二号の規定を適用するに当たり、明らかにその解釈を誤っており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるものといわなければならない。すなわち、

1 原判決は、その引用する第一審判決一九丁三行、四行において、「我が国内における営業が周知性取得の要件とされているわけでもないから、」と説示し、その事実認定において、我が国内における営業施設または営業活動の存在ないしこれらによる具体的な取引行為に基づく、不特定多数の一般需要者、消費者を対象とした特定営業表示の継続使用、周知性取得については、何ら認定していない(営業主体混同行為の成否を判断するために必要な事実は、原判決引用の第一審判決の理由一の1項、すなわち、その一四丁裏六行から一八丁表九行に及ぶ(一)ないし(一〇)の事実として確定されているが、そのうち、(一)、(三)、(六)は、パリにおける被上告人の営業に関する事実、(一〇)は、ロンドン、マドリッド、ニューヨーク、モントリオール、ボストン、リスボンにおける被上告人の営業に関する事実、(七)、(八)は、昭和六一年に始まる被上告人のインペリアル・エンタープライズ株式会社ただ一社を通じた通信販売および商標権取得に関する事実に過ぎず、これは、直接不特定多数の一般需要者、消費者を対象とした営業表示を用いての営業活動ではありえず、また、(二)、(四)、(五)、(九)は、純然たる第三者からの評判風評の事実に過ぎず、その事実確定を通じ、被上告人自らの我が国内における営業取引に関する事実は、全く含まれていない。)。

したがって、原判決は、不正競争防止法一条一項二号に規定する「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、標章其ノ他他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」の明文を真っ向から無視しているものであって、我が国内おける取引、すなわち、具体的な営業施設ないし営業活動によって生じた、特定の継続使用される営業表示に対する一般消費者、需要者の信頼性、いわば顧客吸引力を、その表示の登記、登録の有無にかかわらず、動態的に保護しようとする不正競争防止法の趣旨を全く没却しているという他はない。

我が国における具体的な営業施設ないし営業活動がない限り、被上告人において、我が国におけるその営業表示の使用につき、同人に帰属する具体的固有の利益を有すべき術がない。本件においては、不正競争防止法一条一項二号が防止せんとする営業主体混同行為の中核である、競業関係はもちろん、広く営業活動さえ、ないのである。

2 本号の営業主体混同行為が「本法施行ノ地域内ニ」存するものに限られることは、立法意図からも明らかである。昭和九年本法制定の際は、現行規定一号の商品主体混同行為に限られていたが、同様の「本法施行ノ地域内ニ於テ」の規定について、村瀬政府委員は、「条文ニ規定シテ居リマスルヤウニ、本法施行ノ地域内ニ於テ周知セラレテ居リマス所ノ」(注1)と明言し、昭和一三年法改正により現行法のように、二号の規定が設置された際にも、パリ条約の一〇条の二の(3)項が、従来の商品に関するものだけでなく、営業に関するものにも拡大されたことに伴う改正であることのほか、政府委員の提案理由の説明答弁は従来を踏襲するだけにとどまっているに過ぎない(注2)。

3 私法の効力の一般通則ないし原則として、特別の規定がない限り、保護法益が我が国内におけるものを対象とするのは、当然である。殊に、右二号の営業主体混同行為については、故意、過失を要件とせずに、差止請求権を認めている。差止請求権は、物権的請求権として占有保全の訴に準ずるものともされているところ、その強力な執行力を考慮すれば、必要性判断からの要請からして、保全される権利は、具体的な態様と実質において、当然に我が国において継続的に行使され、存在するものを対象とするものに限られるのは当然である。また、一条の二の一項ならびに四項の損害賠償請求権、信用回復措置請求権について見ても、不法行為に準じ、加害行為と損害発生の双方にわたって、我が国におけるそれを対象とするのは、当然の前提である。

4 商法、商標法の登記、登録主義の例外ないし修正として、我が国における使用主義の適用をはかる不正競争防止法は、元来、工業所有権法の領域に属し、工業所有権四法等の補完的な作用を果すものとして、立法され、運用されて来たものである。したがって、本来的な工業所有権法の属地性の制約のもとにあるのは、法体系上当然の帰結であって、補完的な本法のみをその埒外とする本末顛倒は、特別な規定なくしては許されない。そうすると、法領域として当然具備する、その属地性からいっても、本法が規定する営業主体混同行為が、我が国内における具体的な競業上の営業表示の確立と、その保護を対象とすることは、論をまたないところである。

5 不正競争防止法一条一項二号の規定は、同法五条二号、五条の二により、そのまま罰則規定の構成要件として援用適用されるものであるから、その要件の明確性、厳格性、厳密な解釈が要請されることからいっても、「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、標章其ノ他他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」は、みだりに拡張されて解釈されてはならず、我が国における具体的な取引によって取得され使用される表示に限定されねばならない。

6 不正競争防止法六条は、一条一項二号に対する適用除外として、特許法、実用新案法、意匠法、商標法による権利行使をあげているが、これら工業所有権四法が当然属地法の範疇にあることは明らかであるから、この規定との照応関係からいっても、一条一項二号は、本法施行の地域内における他人の取引活動ないし営業施設、営業活動の継続によってもたらされる表示の周知性取得に関する固有利益保護の規定であることは明らかである。

7 さらに、不正競争防止法二条一項四号において、先使用の抗弁の要件として規定された「第一条第一項第一号若ハ第二号ニ掲グル表示ガ本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル以前ヨリ」の要件もまた、保護法益の主体が我が国内で当該営業表示の取引行為に基づく使用により、特定確立して周知性を取得することを前提とすることが明らかである。したがって、この規定との照応関係からいっても、一条一項二号の要件が、我が国内における具体的な取引行為に基づく表示の周知性取得に限定されることはいうまでもない。なお、同条同項一号ないし三号に規定する適用除外の要件とされた、普通名称、慣用名称、自己氏名使用の地域的意義についても、とりたてて保護法益主体の表示使用との対比はうたっていないものの、先使用の場合と同様な解釈の上に立った照応が当然考えられねばならない。

8 不正競争防止法二条二項は、自己の氏名の使用もしくは先使用の抗弁事実が成立する事案につき、「営業上ノ施設若ハ活動ノ混同ヲ防グニ適当ナル表示ヲ附スベキコトヲ請求スルコトヲ得」として、営業主体混同行為からの救済を求める「他人」に対し、混同防止表示の附加請求権を認めている。

これは、具体的な国内取引における営業施設もしくは活動との競合、混同を前提として、はじめて法的構成に高められる調整条項である。したがって、この規定との照応関係からいっても、本法一条一項二号の規定の要件が、我が国内における具体的な取引行為に基づく表示の周知性取得を前提とすることも理の当然である。

9 最高裁判所第三小法廷昭和五九年五月二九日判決(民集三八巻七号九二〇頁)は、アメリカ法人を含む被上告人に関する事案について、上告理由書第三点についての判示において原審が適法に確定した事実として、我が国に於けるアメリカ法人らのグループの宣伝活動の結果、「(8)本件表示は、遅くとも昭和五〇年初め以降、わが国において、単なるアメリカンフットボールチームを示すマークの域を脱して、少なくとも一般消費者に対する宣伝広告を必要とするような業界においては、被上告人ら及び被上告人らを軸とする再使用権者のグループの商品表示又は営業表示として広く認識されるに至った。」と我が国における具体的な営業活動をあげ、これを前提に不正競争防止法一条一項二号を適用している。したがって、原判決の判断は、従来における御庁の判決例にも違背するものといわなければならない。

10 原判決が言及するように、仮に周知性の要件を緩和して、国外周知を含むものとして、営業主体混同行為の成立を検討してみよう。

(1) 先ず、それが国内周知の補完を目する範囲をいうものとすれば、前記1の説明のとおり、我が国における営業施設ないし営業活動による営業表示の確定という、中心的、求心的な事実を欠いている本件事案にあっては、全く意味をなさない。

(2) また、少なくとも国内を除く、世界全域での表示の周知を要件とするとすれば、本件事案における具体的な認定事実としては、前掲1に説明のとおり、パリ、ロンドン、マドリッド、ニューヨーク、モシトケオール、ボストン、リスボンなどの特定都市、地点における営業表示使用の事実があげられている許りであって、不特定多数の一般消費者、顧客を対象とする商品化事業の世界的普及流通等の特殊事情の認定は、全く欠いているから、世界全域における営業表示の周知性確立には、遥かにほど遠いものであって、その要件を具備するものとは到底いいうるものではない。

(3) なおまた、世界周知が、限られた一定の地域的範囲における営業表示の確立でよいとするならば、我が国における従来の運用において、国内全域の周知を要せず、一地方の地域的範囲の周知で足りるとする場合が(注3)当然の前提として、混同行為を目される相手方営業地域との競合が要請されていると同様の理によって、一定地域の世界周知の場合も、相手方営業地域との競合が前提とならなければ、営業主体混同行為が成立しようもない。

しかるに、原判決においては、被上告人の営業地は前(2)で述べた一地域に限られるのに対し、上告人の営業として、国内における、しかも一点に等しい、東京都内の一ホテルの一店舗の営業を認定するに過ぎず、かつ、上告人の国外における営業の存否に触れる片言隻句も見出だすことはできないので、営業地域の競業が生じうべくもないことは一目瞭然である。したがって、一定地域の地域的範囲の世界周知における営業主体混同行為を問う術もないことに帰着する。

(4) 右(1)ないし(3)の検討によって明らかなように、運用の目的、趣旨を明確にした、立法の手当なくして、国外周知を取り込もうとすれば、その外延の設定と混同の実質である競業範囲の適用が極めて曖昧、不明瞭なものとならざるをえず、世界各国各地方における表示の特性、使用態様、慣行、またこれに対する保護方法の多様性、流通機構の多岐性を考慮すれば、その適用は極めて恣意なものに陥りやすく、著しく法的安定性を欠くことになり兼ねない。その結果は、もともと本法の意図する競業秩序の維持に、かえって、もとることになるのは必然である。

11 原判決の判断が帰結するところのように、我が国における営業施設ないし営業活動とは無縁に、国外において、しかも、第三者のいたずらな風評によっても外国表示が有名でさえあれば、国内において、差止請求権を含む強力な法的保護を与えるということになれば、不正競争防止法四条、四条の二にそれぞれ規定する外国の国、国際機関の表示の保護もしくは商標法四条一項一号ないし五号に規定する公共的な外国の諸機関、諸団体の表示の保護を遥かに上回る手厚い法的保護を任意的な団体もしくは個人の表示に明文の根拠もなく加えることになり、右不正競争防止法、商標法の諸規定との均衡を失すること甚だしく、工業所有権法域の体系をいたずらに乱す、到底容認しえない論理の飛躍といわざるをえない。

二 (営業主体混同行為の成立に必要な、営業表示の類似混同について)

さらに、原判決は、被上告人が主張する営業主体混同行為成否の判断の前提となる類似混同にっき、不正競争防止法一条一項二号の規定の解釈を誤り、御庁の判決にも抵触しており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるといわなければならない。すなわち、

1 原判決は、その9頁一行ないし五行において「被控訴人表示と控訴人が使用する各表示とは、その要部を同一とするから、かかる記載を掲載したからといって、被控訴人表示と要部を同一とする各表示の使用という客観的事実は何ら左右されるものではないから、控訴人の同主張は、それ自体理由がない。」と説示して、営業表示の対比を、全く抽象的な要部の対照に終始して足れりとし、上告人の唯一の店舗内における「お客様へ、当店は、開店このかたTHE RITZ HOTELLtd.その他 そのグループとは関係はございません。」との記載を英訳文とともに掲げている事実(原判決8頁九行ないし一一行)を認定しながら、この事実に対する一顧だの評価も与えていない。これは、前掲一でも述べたように、具体的な営業の競合状態における動態的な競業秩序の維持を図る同法の「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示ト同一又ハ類似ノモノヲ使用シテ他人ノ営業上ノ施設又ハ活動ト混同ヲ生ゼシムル行為」の趣旨に明らかに反した解釈に基づく結果である。

同法二条二項に、相手方の自己の氏名の使用、先使用について「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者ハ商品又ハ営業上ノ施設若ハ活動ノ混同ヲ防グニ適当ナル表示ヲ附スベキコトヲ請求スルコトヲ得」として、附加請求権と相手方の営業上の施設もしくは活動継続の維持との併立を規定していることとの照応から考慮しても、営業表示の類似混同は取引の実情のもとにおける全体的、本質的な対比を軸に判断しなければならないことは明らかであって、原判決は、この点でも法令の解釈をあやまっているものといわなければならない。また、次のように判例に違反するものでもある。

2 すなわち、最高裁判所第二小法廷昭和五八年一〇月七日判決(民集三七巻八号一〇八二頁)は、「ある営業表示が不正競争防止法一条一項二号にいう他人の営業表示と類似するものか否かを判断するに当たっては取引の実情のもとにおいて、取引者、需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から、両者を全体的に類似するものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として、判断するのを相当とする。」と説示し、最高裁判所第三小法廷昭和五九年五月二九日判決(民集三八巻七号九二〇頁)は、右と殆ど同趣旨、同文の判示をひいて「当裁判所の判例とするところであり、」と説示している。

したがって、前記のように抽象的な要部の対比にとどまる原判決の判断は、明らかに確立された判例に背馳した重大な誤りを冒しているというの他はない。

3 なお、上告人は、現在においては、「リッツ」、「RITZ」の表示をすべて廃止し、全く使用していない。

三 (商品主体混同行為の場合における商品表示の国内周知と類似混同について-昭和六一年以前の事実関係を中心に)

原判決は、前一の項にあげたと同様に、商品主体混同行為に関する不正競争防止法一条一項一号の規定に関しても、「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、商標、商品ノ容器包装其ノ他他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」の解釈を誤っており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるものといわなければならない。

1 原判決は、事実の認定としては、商品流通に関するものとして、前一の項1に説明のように、原判決の引用する第一審判決認定の(七)、(八)の事実、すなわち、昭和六一年以降の通信販売と商標権取得に関する事実に限られ、それに遡る我が国内における商品取引に関する事実は、全く認定していない。しかるに、原判決は、その引用する第一審判決一八丁裏一行ないし六行(原判決5頁表七行、八行にて訂正)において、「本件ホテルの略称である「リッツ」又は「RITZ」は、原告の営業及び商品たることを示す表示として、我が国においても、昭和四〇年代、どんなに遅くとも…昭和五六年二月一八日には、少なくともホテル業者、ホテル内に店舗等を有する販売業者、国際的なホテルを利用する人々等のホテルに関係のある業者やこれを利用する一般消費者の間では、広く知られていたと認めることができる。」として、不正競争防止法一条一項一号を適用している。これは、明らかに「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル…」の解釈を誤り、我が国における取引を通じ、流動的な不特定多数の一般需要者、一般消費者に対する広告、宣伝、品質管理、販売活動等にわたる企業努力を継続した結果獲得した表示による出所表示機能、商品の需要吸引力を保護しようとする不正競争防止法の目的を逸脱して、本法施行の地域外の取引による表示の周知性取得にまで、みだりに拡張した解釈をしたことに基づくものであって、明らかに法令に違背し、また、判例にも背馳しているものである。

最高裁判所第三小法廷昭和五六年一〇月一三日判決(民集三五巻七号一一二九頁)は、「不正競争防止法一条一項一号にいう商品の混同の事実が認められる場合には特段の事情がない限り営業上の利益を害されるおそれがあるというべきであり」とし、また、最高裁判所第三小法廷昭和六三年七月一九日判決(民集四二巻六号四八九頁)は、 「周知の商品表示として保護するに足る事実状態が形成された以上、その時点から、右周知の商品表示と類似の商品表示の使用等によって商品主体の混同を生じさせる行為を防止することが、周知の商品主体に対する不正競争行為を禁止し公正な競業秩序を維持するという同号の趣旨に合致するものであり、」とし、また、最高裁判所第三小法廷昭和五九年五月二九日判決(民集三八巻七号九二〇頁)は、「ある商品表示が同項一号所定の他人の商品表示と類似のものにあたるか否かについての判断についても、前示営業表示の類似判断の場合と同一の基準によるべきものと解するのが相当である。」として、前記二の2に掲記した営業表示に関する取引の実情に基づく、具体的、全体的な対比判断を援用している。したがって、一項一号における「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル…」とは、我が国の取引における営業施設もしくは営業活動のもたらす事実状態によって獲得された商品表示の効力を具体的な取引の実情のもとにおける類似ないし混同の検討のもとに保護することを目的とすることを明確にしている。したがって、我が国での営業活動を前提とせずに、商品主体混同行為を認定することは、明らかに判例に違反する判断といわなければならない。

2 かかるみだりな拡張解釈が許されない根拠としては、前一の項の2ないし11で説明した、立法の意図、私法の原則、属地性の原則、罰則としての構成要件の厳格性、工業所有権による権利行使に対する適用除外規定との照応、附加請求権の規定との照応、外国の国もしくは国際機関、公共団体の表示の保護との均衡、従来の判例に対する違背等全く同様であるから、その説明をここに引用する。

四 (商品主体混同行為の競業ないし営業の性質について-主として昭和六一年以降の事実関係)

不正競争防止法一条一項一号が規制しようとする「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」とは、商標法の登録主義の修正ないし例外として、不特定多数の一般消費者に対する商品表示の出所表示機能、信用性、需要吸引力を保護しようとするものであって、表示自体を抽象的に保護しようとするものではない。

しかるに、原判決は、右一号の規定適用の事実としては特定の唯一、一社を介した通信販売行為を挙げるのみである。しかしながら、通信販売は、原則として、営業主体が選択した特定範囲の消費者(被上告人は、「比較的経済的地位の高い者に対する通信販売に限定されている。」と主張する。原判決引用の第一審判決四丁裏七行、八行参照)に対する販売活動に対する申込を前提として成立するものであって、少なくとも買手である消費者が、被上告人を売主と了知し、確認して、被上告人提供の商品について行う取引であり、不特定多数の流動的な一般取引者、一般消費者を対象とする取引は含まれていないから、右一号の規定が予定する混同行為、すなわち、競業関係を生ずるような営業活動には当たらない。すなわち、上告人が同様な通信販売を行う(上告人は通信販売を行っていないし、原審判決もその事実は認定していない。)など、特別の事実がない限り、商品の混同は起こりえようもないからである。

なお、被上告人が、原判決引用の第一審判決添付商標目録(一)の商標権を昭和六一年一月第三者から譲渡を受け、その連合商標として同目録(二)の商標につき平成元年八月登録を受けた事実はあるものの、右(二)の紋章部分のみを前記通信販売の一部の商品に付していることの他は、右(一)、(二)の表示を付して不特定多数の取引者、需要者を対象とした商品、サービスの製造、販売等取引行為に及んだ事実について、被上告人は何ら主張せず、原判決の事実確定するところもないから、右一号にいう商品表示を生ずる資とする余地のないことはいうまでもない。

したがって、原判決は、具体的な営業活動を通じた競業関係を無視して、表示自体を抽象的に保護しようとするものに他ならないから、昭和六一年以降の事実関係についても前三の項で説明したとおり、右一号について法令の解釈を誤っているものといわなければならない。

(注1) 第六五回帝国議会衆議院製鉄所特別会計法廃止法律委員会議議事録第一〇回一七頁。第一一回ないし第一三回にいたり可決。

なお、法曹会雑誌第一二巻第六号一頁奥野健一「不正競争防止法に就いて」(昭和九年六月一日発行)は、立法を担当した司法職員として、 「…工業所有権保護同盟条約の改正及び我国産業の現状に鑑み制定せられたものであって…」、「不正競争に対して保護を与うべき対象は被害者の営業自体であって、換言すれば、被害者の営業上の利益に外ならない。」、「(二)客観的要件」として「本法の施行地域内に於て取引上広く認識せられたる他人の氏名、商号、商標(登記、登録の有無を問わず)…表示と同一若は類似のものを使用して…」とする。

(注2) 第七三回帝国議会衆議院議事、昭和一三年一般会計歳出ノ財源ニ充ツル為公債発行ニ関スル法律案外六件委員会議事録速記録第八回一〇五頁松村政府委員。なお、第七三回帝国議会貴族院特許法改正法律案特別委員会議事速記録第一号以下。

また、特許管理第八巻第五号三頁染野義信「不正競争防止法(二)」、同第八巻第一一号二〇頁染野義信「不正競争防止法-国際統一法典への要求(二)」には、営業主体混同行為、商品主体混同行為の要件が国内取引に限られることについて、コメントがある。

なお、判例タイムズ七九三号一〇頁田村善之「周知性の要件の意義」は、国外周知を要件とした場合について検討している(特に一八頁、3以下)。

(注3) 〈1〉 名古屋高等裁判所刑事判決(高等裁判所刑事裁判特報五巻一二号五二五頁)は、「不正競争防止法第一条第一号にいわゆる本法施行の地域内において広く認識せらるる商品というのは所論の如く日本全国に広く認識されることを要するものではなく、一地方においても広く認識された商品であれば足るものと解すべきであってアマモトが中部地方において広く知られた商品でこれに該当するものなることは原判示のとおりである。」として控訴を棄却している。

〈2〉 最高裁判所第二小法廷昭和三四年五月二〇日刑事判決(刑集一三巻五号七五五頁)は、〈1〉の上告審として、「刑訴四〇五条の上告理由に当たらない。(なお、不正競争防止法一条一号にいう「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル」の意義についての原解釈および本件を同条同号同法五条二号の罪にあたるとした原判断は正当である。)」として、上告を棄却している。

〈3〉 大阪地方裁判所昭和五三年六月二〇日判決(無体財産権民行例集一〇巻一号二三七頁)公益社事件

〈4〉 東京高等裁判所昭和五七年一〇月二八日判決(無体財産権民行例集一四巻三号七五九頁)ヨドバシポルノ事件

〈5〉 大阪地方裁判所昭和五八年二月二五日判決(判タ四九九号一八四頁)紙なべ事件

〈6〉 横浜地方裁判所昭和五八年一二月九日判決無体財産権民行例集一五巻二号八〇二頁)勝烈庵事件

〈7〉 大阪地方裁判所昭和五九年二月二八日判決(判タ五三六号四二五頁)千鳥屋事件

〈8〉 大阪地方裁判所平成元年一〇月九日判決(無体財産権民行例集二一巻三号七七六頂)元禄寿司事件

〈9〉 東京高等裁判所平成三年七月四日判決(知的財産権民行例集二三巻二号五五五頁)ジェットスリムクリニック事件

第二点 (判断の遣脱)

原判決は、その引用する第一審判決二七丁表四行、五行において、「被告(上告人)は、不正競争防止法第二条第一項第四号に基づき、昭和五六年二月一九日以降の名称使用を内容とする先使用の抗弁を主張するが、」とし、同二七丁表八行、九行において、「被告の先使用の抗弁は、その余について判断するまでもなく、理由がない。」として、上告人の先使用の抗弁について、具体的には、全く判断していない。

しかしながら、前二項で述べたように、原判決は、昭和六一年を遡って、被上告人の我が国における商品取引行為として、商品主体混同行為成否の前提となる表示に関する徴表ないし取引活動または営業活動などについては、商品の流通、取扱いはおろか何も認定していない。したがって、仮に百歩を譲って、商品表示の周知性取得が昭和六一年以降口頭弁論終結時までの間に考えられるとしても、原判決は、「遅くとも上告人は、…昭和五六年二月一九日以降の名称使用を内容とする先使用権を主張するが、」とし、また、昭和五六年二月一九日以降の上告人の名称使用は当事者間に争いのない事実であるから、不正競争防止法二条一項四号に基づく、上告人の先使用の抗弁に対する判断を欠くことになり、重大な判断遺脱として審理不尽であることを免れない。

第三点 (理由の齟齬)

一 原判決には、前記上告の理由第一の一、二で詳述したように、不正競争防止法一条一項二号に関する法令の解釈を誤った結果、我が国における具体的な取引に基づく被上告人の営業施設ないし営業活動継続の事実を認定していないし、他方、上告人の営業施設ないし営業活動としては、東京都内の一ホテル内の約一〇坪に過ぎない唯一の店舗におけるベビーシッター、小物類の販売等の認定の限度を出ず、全く競合、混同の事実が存在しえないことが明らかであるのにかかわらず、営業主体混同行為の成立を肯定しており、その判断において、明らかに前後理由の齟齬があり、破棄を免れない。

二 また、原判決には、上記上告の理由第一の三、四で詳述したように、不正競争防止法一条一項一号に関する法令の解釈を誤り、判例に違背した結果、我が国における被上告人の不特定多数の一般需要者、消費者を対象とする商品取引に関する事実を認定していないのにかかわらず、具体的な営業態様、流通態様の実態に即した競業、混同の内容を検討する配慮に欠けて、商品主体混同行為の成立を肯定しており、その判断において明らかに前後理由齟齬のがあり、この点かちも、原判決は、破棄を免れない。

第四点(結語)

以上、第一点ないし第三点において煩をいとわず縷説して来たとおり、原判決は、事件の実態に目をつむり、形式的、片面的検討に終始して、不正競争防止法の目的、本質はおろか、その法領域、法体系における位置付けへの配慮を怠り、みだりに拡張した解釈をし、適用すべき数々の原理的な諸法理を逸脱し、基本的な各要件にわたって重大な法律の解釈を誤った結果、そのみずから確定した事実(上告人は、確定された客観的事実そのものを争うものではないし、本件事案においては、更に新たな事実を見出しようもない。)のもとにおいては、到底及びもつかず、根拠の存しない被上告人の請求を認容する妄断に陥っている。

そして、かかる不当な提訴を認め、我が国で営業の実もない被上告人のために差止の仮執行を許すなど、その過剰な保護主張の独走を許す判断をし、一方、事実に即し、法理を尽くして来た上告人の主張には耳を傾けようとしない結果、上告人は、本訴の提起以来長い間、その真摯一途に歩んで来た一小商人の弱小な営業の日常を、心外にも逼塞させられ、著しい苦渋のうちに耐え続けて来ねばならなかった。

ここに御庁の事案に対する明晰な洞察のもとに、速かに、明白な誤謬によってされた原判決を破棄し、被上告人の請求を棄却して、正義と条理の回復が全うされることを強く願う次第である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例